希望の光を掴んだ、一人の若者の挑戦

令和5年3月。彼(33歳男性のSさん)は、心身の不調と向き合うため、前職を退職しました。 診断された障がいはASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如・多動症)。彼自身の持つ繊細な感受性、時には行動を制御不能にすることもありました。不安、混乱、そして自己嫌悪。多くの葛藤を抱えながら、それでも彼は、もう一度社会と繋がることを強く願っており、その第一歩として、彼が選んだのは就労移行支援事業所でした。

ここでは、彼の挑戦が始まりました。毎日の安定した生活リズムを築くこと。自身の集中力や感情の波を客観的に見つめ、自己調整するスキルを身につけること。そして、パニックや混乱に陥ったときに、心の平穏を取り戻すためのユニークな方法を見つけ出しました。それは、作業を中断し、ほんの一呼吸を置くこと。そして、彼の心を守る「お守り」であるイスラムワッチ(帽子)を被ることでした。その帽子に触れるたびに、彼は不思議と冷静さを取り戻し、再び前を向くことができたのです。これらの地道な訓練は、彼に「自分はできる」という小さな自信の光を灯し始めました。

*写真はイスラムワッチ(帽子)のイメージ画像です


忘れかけていた情熱を呼び覚ます出会い

そんな彼の元に、私たちは一つの求人情報を持って行きました。それは、多くの人にとって未知の領域である「害虫/害獣駆除」の仕事でした。一見すると彼の持つ繊細さとはかけ離れた仕事のように思えるかもしれません。しかし、彼にとってこの仕事は、「捕獲」という純粋な好奇心、子供心にも似たワクワクを掻き立てるものでした。そして、何よりも彼の心を強く揺さぶったのは、その会社の「お客様に寄り添って、共に良い未来に進む」という温かい理念でした。

この言葉に触れた瞬間、彼の心の中に忘れかけていた「誰かの役に立ちたい」という情熱が蘇りました。過去に培ってきた丁寧な作業と冷静な対応能力を活かし、この会社の理念を実現する一員になりたい。その想いは、彼の志望動機に力強い説得力をもたらしました。私たちは、彼の内側から溢れ出るその熱意に触れ、この出会いが彼の未来を大きく変えると確信しました。


希望と期待を胸に、新たな一歩を踏み出す

そして、令和7年8月。2年間のブランクという重い扉を、彼はついにこじ開けました。トライアル雇用という形で、害虫駆除の会社での新たな挑戦が始まったのです。彼は、就労移行支援事業所で身につけた自己コントロールのスキルを存分に発揮しています。予期せぬトラブルや、自分の思い通りにいかない状況に直面しても、彼は「クールダウン」という自分だけの魔法で、冷静に問題を解決していきます。帽子に触れるその一瞬が、彼の心を静め、集中力を取り戻すスイッチとなるのです。

この半年間のトライアル雇用は、彼にとって社会復帰に向けた最終試験ではありません。それは、彼の誠実さと真摯な努力が認められ、彼が再び社会の一員として、そして一人の人間として、輝くための大切なステージです。私たちは、彼がこのトライアル期間を乗り越え、正社員として安定した未来を掴み取ると信じています。彼の、そして彼を温かく迎え入れてくれた会社の、両方の成功を心から応援しています。

この物語は、障がいを抱える人々が決して一人ではないこと、そして、彼らの持つ個性や能力が、社会の様々な場所で必要とされていることを教えてくれます。私たちは、これからも一人ひとりの可能性を信じ、未来へと繋ぐ架け橋であり続けます。

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